菊池臣一先生死亡

元福島医大理事長・学長で脳神経疾患研究所常任顧問の菊地臣一(きくち・しんいち)氏が死去したことが7日、分かった。75歳。関係者によると、故人の遺志により死亡日時や死因など詳細は明らかになっていないが、病気療養中だったという。

先生には全日本鍼灸学会学術大会ふくしま大会でご講演をいただき、また東北鍼灸マッサージ学術大会福島大会でもご講演を賜るなど多くのことをご指導いただきました。

亡くなられたこと、大変残念ですが心よりご冥福をお祈り申し上げます。お世話になりました。 合掌

 石川町出身。福島医大医学部卒。県立田島病院長、福島医大整形外科学講座教授、医学部長、副理事長・付属病院長などを歴任。2008年に理事長・学長に就任し3期9年務めた。

 東日本大震災、東京電力福島第1原発事故の発生時、大学トップとして対応を指揮した。大学に新たに「ふくしま国際医療科学センター」を整備するなど、震災・原発事故後の県民の健康を守る取り組みを進めた。

 専門は脊椎・脊髄外科で、腰痛の診療、研究分野の第一人者として知られた。日本脊椎脊髄病学会理事長を務めた。

 震災と原発事故後、福島医大トップとしての役割を「天命」と受け止め、医療の面から本県復興を推し進めた。

 福島医大理事長・学長の1期目任期終了直前、震災が起きた。県民健康調査や診療、研究の各部門からなる「ふくしま国際医療科学センター」整備のため、第一線で活躍する研究者を県外から集めた。理学療法士らの養成機関をつくるべきとの意見は、保健科学部新設という形で実現した。

 「人生の扉は他人が開く」。理事長時代に若者へのメッセージを尋ねた際、その言葉を口にした。「努力は必要だが、努力すれば道が開けるほど世の中は単純でも甘くもない。ただし、その努力を見て『何とかしてやろう』という人がいる」

 思い通りにならない人生でも、誰かが人生の扉を開いてくれると信じて愚直に努力する大切さを説く言葉からは、若者を導こうとする愛情が感じられた。「出会いは人生を豊かにし、別れは人を成長させる」。医療人としての経験に裏打ちされた、人生の機微を感じさせるさまざまな言葉が印象に残る。(須田絢一)

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